| 昭和41年 |
バッティングセンター設立と共に、スポーツ用品及びピッチングマシン販売。 |
| 昭和46年 |
スキー事業部、兵庫県ハチ北スキー場のゲレンデ管理と三浦雄一郎&スノードルフィンスキースクールを開校。 |
| 昭和51年 |
株式会社近畿バッティング企画として、全国のバッティングセンターにピッチングマシンを製造販売。 |
| 昭和61年 |
業務内容拡張に伴い、商号を株式会社 キンキクレスコに社名変更、幅広くスポーツマシンの開発を推進。 ピッチングマシン、テニスマシン、スキートレーニングマシン、ゴルフ練習場自動化システムなど積極的に展開。 |
| 平成 2年 |
台湾にピッチングマシンを輸出。台湾にバッティングセンターの大ブーム、「キンキ」がバッティングセンター用マシンの代名詞とも言われた。 |
| 平成 5年 |
丸紅株式会社、株式会社日立製作所と共同開発で、映像システムマシン「バーチャルベースボール」を開発、あらゆるマスコミに取り扱われ、メディアを通じて ピッチングマシンとバッティングセンターのグレードを高めるのに寄与。 |
| 平成 6年 |
イチロー選手に感謝状を贈呈(バッティングセンターに通う野球少年に大きな夢と希望)。ドーム式のバーチャルバッティングを全国に設置。 |
| 平成 8年 |
メジャーリーグ・SFジャイアンツの練習場にピッチングマシンを設置。
その後、サンディエゴパドレス、シンシナティーレッズにも納入。 |
| 平成10年 |
肖像権の認可を得て、バーチャルバッティングに現役プロ選手が登場。
主な映像契約選手
読売巨人軍(上原、桑田投手)、阪神タイガース(藪、川尻、井川、藤川投手)、
西武ライオンズ(松坂投手)、ヤクルトスワローズ(五十嵐、藤井投手)、
中日ドラゴンズ(川上投手)、
日本ハムファイターズ(ダルビッシュ投手)、
横浜ベイスターズ(三浦投手)、楽天イーグルス(田中投手)、
ソフトバンクホークス(杉内、和田、斉藤投手他)
日本初の映像マシン バーチャルバッティングマシンを西武ライオンズに納入。 |
| 平成14年 |
ニューラルネットワークマシン(知的制御)を金沢大学工学部と共同開発。 |
| 平成17年 |
豊能税務署より優良法人として表彰される。
ピッチングマシンの限界に挑戦、球速300K/Mに成功 |
| 平成18年 |
読売ジャイアンツに最新鋭スピード変速マシン(T-BSG型)を納入 |
| 平成20年 |
中国プロ球団、北京タイガースにスーパーミックス(SM-G型)を納入 |